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映像×音楽で好感度の高い広告を実現~『オルビスユー』のブランデッドムービー「U時間」~

化粧品ブランド『オルビスユー』のブランデッドムービー「U時間」シリーズが公開され、大きな反響を呼んでいる。2018年3月時点で、「夫の優しさ」篇「友人の優しさ」篇「母の優しさ」篇「上司の優しさ」篇「仲間の優しさ」篇 「彼の優しさ」篇、そして「ミュージックビデオ」篇の7本が公開され、シリーズ総再生回数は累計で1000万回以上にのぼる。本施策のクリエイティブディレクターを手掛けた株式会社オプトの大泉共弘氏は、広告と音楽の掛け合わせによる新しい市場創出を目指しており、本作品はその可能性を示唆する画期的な成功事例だと述べた。楽曲「心ごと – U時間 -」を担当したシンガー・ソングライターの熊木杏里氏と音楽ディレクターの春日嘉一氏を交え、その制作秘話と戦略を聞いた。
 
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左から、春日嘉一氏、熊木杏里氏、大泉共弘氏

 


 

広告の肝はコミュニケーション設計


―『オルビスユー』のブランデッドムービーでは、何を重視しましたか。
大泉:ユーザーの共感を得られるように、自分事化できるコミュニケーション設計を重視しました。現在はあらゆる商品がコモディティ化していて、差別化しにくくなっています。オルビスユーの最大の特徴はHSP(ヒートショックプロテイン)という人それぞれ異なる肌悩みに合わせた効果を発揮する成分ですが、ただ機能を伝えるだけでは自分事化してもらえません。そこで、HSPをユーザーが興味を持てるストーリーで届けようと考えました。そうすればHSPの機能性をストーリーの情緒性と掛け合わせて伝えることができ、購入につながる可能性が上がります。
 
―ストーリーのメッセージを考える時、特に難しかったことは何ですか?
大泉:対象として「30~40代の女性」と年代と性別しか指定されなかったので幅が広く、深いエンゲージメントを与えるメッセージにするのが難しかったです。30~40代女性と言うと、未婚から既婚、子持ちから子無しまでさまざまな人がいます。さらに、HSPとも親和性が高いメッセージを伝える必要があり、普遍的な価値となる圧倒的共通項を見つけるのに苦戦しました。そこで、30~40代の女性を「夫や子供がいる既婚女性」「夫と2人暮らしの既婚女性」「仕事で忙しい独身女性」の3カテゴリに分け、それぞれのライフスタイル情報をデータ分析し、何を欲しているかを洗い出しました。その結果、加齢による肌悩みが複雑化してスキンケアに悩む一方で、子供や夫など家族に合わせて行動している人も多く「自分のために、自分都合で過ごせる自由な時間」が欲しいのではと仮説を立てたのです。「自分の時間を持ちたい」というインサイトなら30~40代の女性全体が自分事化できるのではないかと考えました。
 
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―「自分のために、自分都合で過ごせる自由な時間」がHSPとリンクしたのですね。
大泉:はい。その人の肌悩みに合わせたスキンケアを実現するHSPなら、「あなたに合わせてくれる自由な時間っていいですよね」というメッセージが伝えられるのではないかと思いました。さらに、HSPは肌老化の原因にもなる“ダメージを受けた美肌要素”を修復するので、エイジングケアに強い関心を持つ30~40代女性が求めている機能性も持っているんです。これだったら悩んでいるユーザーに対して「あなたに合わせてくれる商品がありますよ」と課題解決策を提案できるので、自分事化してもらえるんじゃないかと思いました。そこで、『オルビスユー』を「あなたの時間に合わせてくれる存在」として訴求するために、「あなたのための時間=U時間(ユータイム)」とし、コミュニケーションメッセージを“U時間っていいよね。”に設定しました。また、“U時間”は『オルビスユー』のブランド認知拡大にも貢献する言葉でもあります。
 
―緻密な計算のもと、ブランデッドムービーのメッセージを構築したのですね。
大泉:こうした積み重ねこそがコミュニケーション設計だと言えます。商品の数がどんどん増えて差別化ができない今、何を訴求するか。なぜ他のエイジングケア商品ではなく『オルビスユー』がいいのか。目が肥えたユーザーに商品の魅力を届けるには、その商品にしか言えないこと、さらにユーザーがメリットを感じられることを伝えるべきです。とはいえ情報過多の時代ですから、メッセージも簡単には届かない。緻密なコミュニケーション設計を土台にして初めて、受け手にとって価値のあるメッセージを届けることができるのです。そのブランやプロダクトに興味や好感を持ってもらい、さらに使用すると自分にどんなメリットがあるかを伝える必要性があります。
 
―ブランデッドムービーにおいて、音楽はどんな役割を持つのでしょうか。
大泉:ブランデッドムービーに限らずですが、映像において音楽はとても重要な要素ですよね。ブランデッドムービーで大切なのはユーザーに寄り添う形でブランドメッセージを届けることだと思っています。とはいえ、「自分の時間が欲しいですよね、忙しいですよね」と言っても嫌がられる。なぜなら、30~40代女性は必ずしも忙しい毎日を否定しているわけではないんです。「大変だけど、なんだかんだ幸せだな」と思っている人だってたくさんいる。だから、あくまで「自分にとって都合のいい時間、たとえば誰かがあなたに合わせてくれる時間っていいですよね」と提案するくらいの温度感でメッセージを届けたかったので、ストーリーと音楽のあるブランデッドムービーが適していました。押しつけがましい広告は嫌われるので、こうした温度感の調整はとても重要です。
 

 

音楽は広告の温度感を調整する

 
―今回ブランデッドムービーに使用した楽曲「心ごと – U時間 -」も優しい温度感作りに欠かせない存在ですね。
熊木:そうですね。心の奥底にある願望や感情を歌にして届けると、リスナーから「確かにそうかも!」といった反応が返ってきた経験があります。私自身も「30~40代の女性」ですが、忙しいのが当たり前になっていました。でも今回、歌を作りながら「そりゃ自分の時間が欲しいよね」と思ったんです。音楽は隠れた願望に気付くきっかけになります。そんな願望を歌にして届けました。

大泉:音楽は、複雑な感情を感覚的に、ピンポイントで捉えられます。こういったコミュニケーションができるのはとても強い。今回のブランデッドムービーでも「自分にとって都合のいい時間、誰かがあなたに合わせてくれる時間があります」というメッセージの語り手が欲しいと考え、これは音楽しかないなと。ユーザーが女性だからこそ、いい意味でメッセージをふわっと伝えたかったんです。

熊木:ストレートに「忙しいですよね!」と言われても、「そんなのわかってますよ」と思っちゃいますよね。忙しくても前向きに過ごしているし、子供の面倒を見るのも大変だけど楽しいですし。

大泉:やわらかいニュアンスでメッセージを届ける手法として、音楽は非常に優秀です。メッセージを歌詞にして、メロディーにのせて伝える。熊木さんにも、ブランデッドムービーに登場する女性と同じく「誰かが自分に合わせてくれる時間」を実感する女性としての立ち位置で「心ごと – U時間 -」を歌ってもらいました。

春日:全6本のブランデッドムービーに登場する女性たちの象徴として歌うか、7人目の女性として歌うかで歌の方向性も変わるので、最初にすり合わせしました。結果的に7人目の女性になったので、熊木さんがありのままの気持ちで歌う形になりましたね。

熊木:最初にオリエンを聞いた時も、共感しかなかったです。ワクワクが止まらなくて「すぐに曲を作りたい!」と思いました。だから自分の内側から出てくる気持ちをそのまま吐き出すようにして歌を作りましたね。具体的にユーザーや商品のコンセプトについて説明してもらえると、イメージが湧きやすいので助かります。
 
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大泉:「自分のための時間がU時間です」と言っても、「自分のための時間」の定義は人それぞれ違うじゃないですか。だからモデルとなる女性の数が増えれば増えるほど共感の数も増えるので、熊木さんが7人目の女性として歌ってくれるとその分共感数も増えます。それに、熊木さんに自分自身のU時間を語ってもらった方が自分事になるので、より歌のメッセージ性が高くなるだろうという期待もありました。

熊木:脚本をもらった時に、登場する女性と喋っているような感じで歌おうと決めたんです。自分もいっしょに雑談をしている気持ちで。歌詞に「この言葉を入れてほしい」といった縛りがなかった分、自由に作曲できたのも有難かったですね。広告に使う楽曲は入れるべき言葉を指定されるケースも多いので。

大泉:正直、U時間というワードを入れるかどうかはかなり悩みました。ブランデッドムービーも広告なので、絶対に伝えなきゃいけない要素もありますし、U時間はメッセージの核でもあります。本音としては入れたかったんですが、U時間という言葉は熊木さんの言葉ではないので、熊木さん自身に語ってもらうという構造は崩れてしまうんですよね。それで結局、曲のタイトルにだけ「心ごと – U時間 -」と入れてもらいました。

熊木:最初は何も入れないと言う話だったので、ちょっとした話し合いにはなりました(笑)後から追加で入れるとなると全体のバランスが崩れてしまうので、スタジオで長く話し合いましたよね。「タイトルに入れるのはどうだろう」と大泉さんから提案をいただいて、またさらに長い話になりました(笑)結局「心ごと」をメインにして「U時間」をサブにして寄り添う形にしたので、結果的に良いタイトルになったと思います。

大泉:なるほど(笑)。私は監督、脚本家など、チーム全員が納得して完成させられる広告制作を目指しているので、誰一人として「広告だからこうしないといけないんですよね」というように渋々作ってほしくないんです。だから“U時間”をタイトルに入れる提案を熊木さんが心の底から「これでいい」と言っていただけてうれしかったです。
 
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ユーザーに合わせた曲作りで共感値をアップ

 
―他にも曲作りで苦労したポイントはありますか?

熊木:「心ごと – U時間 -」というタイトルにするのはかなり悩みましたね。U時間、つまり「自分にとって都合のいい時間」「誰かがあなたに合わせてくれる時間」を私の言葉にするならどんな言葉だろう、とずっと考えていて。誰かが自分に合わせてくれることや化粧水が自分の肌に合わせてくれること、全部ひっくるめて言い表せる言葉にしたかったんです。ブランデッドムービーのストーリーを見ていたら、相手が心ごと全部合わせてくれる感じがしたんですね。そこで「心をそのまま全部合わせてくれているんだから、まるっと心全体を示す言葉にしよう」と思い、U時間として「心ごと」という言葉を選びました。

春日:曲のスピードもユーザーに合わせて変更しました。サンプルとして早いバージョンと遅いバージョンの両方を作ったのですが、現場にいるスタッフは「遅い方がエモーショナルで良い」と満場一致でスローテンポ推しだったんです。透明感がある優しい歌声で包み込まれる感覚がいいよね、メッセージを優しさで包み込んでやわらかく届けたかったんです。ただ、実は現場にいたのはほとんどが男性。音楽に「癒されたい」のではなく、「後押し」して欲しいんだと気づかされました。
 
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大泉:「優しく包み込まれたい」というインサイトには男性的な部分があって、メインユーザーになる女性は「ポンと背中を押してほしい」という別のインサイトを抱いていました。アップテンポの曲には元気とか楽しいとか、能動的な印象があります。だから会社で女性スタッフに感想を聞いたら、全員が「早い方がいい」と言ったんです。真逆の反応だったのでとても驚きました。

熊木:女性にはアップテンポの曲を届けた方がアクションにつながるという見方もありますよね。私はゆっくりしたテンポがいいと思ったんですが、「だから熊木さんは男性のファンも多いのかもね」と言われました(笑)気づかないうちに男性好みの曲を作っていたのかもしれません。

大泉:熊木さんには男性ファンも女性ファンも多くいらっしゃいますが、今回は女性ファンに向けて作ってもらったような感じですね。
 
―曲作りの際、どんなオーダーがありましたか?

熊木:「お風呂でハミングできるような曲」というオーダーが特徴的で、ワクワクしました。「サビでハミングを入れてください」っておっしゃいましたよね。

大泉:これは訴求ポイントとなるHSPと紐づけてのオーダーですね。実はHSPは元々人の体内にもにあって、体温が1~2度上昇する環境で作られると言われています。そのため、体温が上がる入浴はHSPの活性化に貢献しています。また、入浴後はスキンケアをするので、お風呂に入った時に『オルビスユー』のことを考えてほしかった。だからお風呂で曲を思わず歌ってしまうくらい覚えやすい曲にしたくて、シンプルな曲になるようにサビにハミングを入れてもらいました。これもコミュニケーション設計の一環ですね。

春日:さらに「お風呂で歌うならギターじゃなくてピアノの曲だよね」というように明確なイメージを伝えてもらったので、曲作りもスムーズでした。「もっと優しい雰囲気にしたいから」などとオーダーの意図も伝えてもらえたのも有難かったです。広告を通してユーザーに与えたいイメージがわかるので。

熊木:そうですね、明確なオーダーをしてもらえると助かります。曲作り中も「これだとちょっと寂しい感じがするのであったかい感じにしてください」「テンポをもう少し上げてください」というように細かく要望を言ってもらえたので、スピーディに進みました。
 
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「広告×〇〇」で新しい市場を生み出す

 
―今回のブランデッドムービーは、音楽も主役になっているのが特徴的ですね。
大泉:冒頭でもお伝えしたとおり、今回のブランデッドムービーは新しい挑戦だったんです。クライアント主体の広告制作から、クライアントもクリエイターも含めてチーム全体が主体となる広告制作を目指しました。広告の作り手となるクリエイターが“やらされている感”を抱いたままだと、人の心に届く良い作品は生まれません。だから、熊木さんにもユーザーに共感を抱きながら、自分事にして歌ってほしかったんです。

熊木:確かに、共感するかしないかで曲の仕上がりも変わりますね。一概にどちらがいいとは言えませんが、共感すると聴き手に寄り添った音楽が生まれる気がします。

大泉:今回のような音楽の作り方について、どう思われますか?やっぱり表現者であるアーティストの方は、作品の種を自分の中から生み出して、0を1にして、そこから100に膨らませるケースが多いと思うんです。今回はその種がブランドメッセージだったので、1を100にしていく流れでした。これが新しい市場として展開していけば、広告として企業から対価を得られるので、縮小しつつある音楽業界の新たな収入源になりますよね。ブランデッドムービーをPVのようにカラオケ配信するなどすれば、もっと収益化につなげやすくなるんじゃないかなと。

春日:確かに、新しい可能性を感じます。こうした広告では音楽を後から付け加えることが多いんですが、今回はブランデッドムービーのストーリーといっしょに音楽を作り上げていく感覚がありました。完成形に向けて各分野のクリエイターが集まって、主体的に作品を作れるのは素晴らしいですよね。最初に作品の種が共有されるからこそ、全員が自主的に表現しながら作り上げることができる。
 
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熊木:確かに良い経験だったし、すごく良い曲ができました。ただ大泉さんが言うように、今回は1を100にする流れで曲を作りましたが、ふだんは0を1にする作り方をしているので、いつも通りのエネルギーを出せたかというと不安になる部分もあります。

大泉:やはり熊木さん自身が0から作る曲とは違いがあるんですね。なんとかブラッシュアップして、クリエイターが「これが作りたかった!」と思えるような制作の仕組みを作りたいです。広告とアートをうまく掛け合わせることができれば、収益化しやすくなるじゃないですか。僕は、そんな新しい形のエンターテイメント市場を作っていきたい。たとえば、今回のような音楽なら「コムソング」と名付けて普及させたいですね。「コム(COM)」には“共同”“広告”といった意味があります。ブランデッドムービーには音楽が必要不可欠なので、今回のようなものが当たり前のように作れる風土を作りたいです。

春日:今回のブランデッドムービーはまさに「コムソング」だと言えますね。歌が映像全編に入っているのはとても珍しいです。一般的なブランデッドムービーだと音楽過多ですが、「熊木さんが7人目の女性として歌っている」という前提があるからこそ成立しました。ストーリーと音楽、映像と音楽がうまく絡み合った作品だと思います。
 
http://pr.orbis.co.jp/campaign/106/
 

(文:萩原かおり、撮影:杉田拡彰)

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